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妬む・・・自身を愛することの不足

さて、このブログのもととなっている私の著書、「愛による経済」では交流分析心理学を用いた論を展開しています。


そこで最も重要なのが自分を(正しく!)愛するということです。


これが現代社会では大変難しいのです。


なぜなら、私たちは「おとなしくしていたらお菓子あげるからね」「勉強して合格すればある程度の生活はできますよ」「言うとおりに作らなければ規格外としてあなたの仕事はお金になりません」・・・などなど(~_~;) 
「○○したら○○(自分の意思を認めてもらう行動)をしてあげるよ!」(~してあげない!というのは逆の行動をしろという命令)という『条件付き愛情』という愛に似たコントロールするための偽物というヒジョーに厄介なものにどっぷりつかっていることがほとんどです。


なぜかといえば、人々がいうことを聞かないと成り立たない社会だから、なんです。


自由に「私は花育てるの好き」「じゃあ、Aさんはここの公園の管理人やってね」
→「僕はたくさん野菜育てるのが楽しいんだ。自分で食べるには取れすぎたから、公園をいつもみんなが楽しく使えるようにしてくれてるAさんにもおすそわけ」
・・・みたいなことになると、貨幣経済が成り立たず→利子が取れず→非常に困る方が出てくる・・・

なぜなら「○○をしたい!」という意思が自分から出てこないので、そんな自由で楽しい社会に参加できないから、なんじゃないでしょうか。


この自分が「○○をしたい!」というのが出てこず、ひたすら人を比較して妬む→自分が勝つことしか興味なし!という方は、「自分を十分愛せていないため」。これに尽きます。


自分をしっかり愛せていればふつふつとやりたいこと、なりたい自分が潜在意識の底から顕在意識までじわっと湧き上がってきます。



「あの人よりも○○したい!」「あれよりもっといい○○が欲しい!」など、比較して自分の欲求と勘違いしてしまうのは、実は自分が「十分愛されていないですよ」とメッセージを送ってきているのです。

では、どうすれば自分を愛することができるのか?


それは「ありのままの自分の存在を許可すること」です。


「頭悪い・・・成績悪くて勉強しても伸びない自分に嫌になる」→「そんな私でいいんじゃない」
という具合です。

「は!?ダメに決まってんじゃん!!」という比較悪魔な声は、きちんと自分を愛していくにつれて消えていきます。
外からのコントロールによるもので、自分のこころの本質的な持ち物ではないからです。



かくいう私も道半ば。

お互い自分を完全に愛せるようにがんばりましょう。




リンク「おひるねごろにゃんとう」お姉さんブログ、「幻の桜」でピーンと来た記事があり、たまに真面目なことを書いてみました。
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